白井克典設計事務所

Shirai Katsunori

凝縮された空間

凝縮された空間/外に開かれた空間

白井克典

林雅子の作品は、約200作品に及ぶ。そのすべての作品に対して、「空間の骨格」を明らかにし、「地籍・人籍」の固有の条は件に対応した設計解決の方法を、林は見出してきた。私は林の下で、1980年代から20年間設計をし、30作を担当したが、そのたびに「空間の骨格」を決定づけるためのディテールについて多くのディスカッションを重ねた。今あらためてこの部分に注目し、ディテールに込められた思想を明らかにしていきたいと思う。

「空間の骨格」を明らかにするためには、建物はあいまいに連続する複雑な形であってはならない。敷地のもつ特性と生活の型を整合させ明快な形として完結させることが必要であると、林は考えた。そして、敷地の固有の条件を把握しながら、パブリックスペースを可能な限り自然を取り込んだ開放的な形状とする一方、プライベートゾーンをコンパクトに納め、メリハリのある独特な形をつくることで、多くの解決を計ってきた。

その典型のひとつを「末広がりの家」に見ることができる。この住宅は、最小限の寸法をもつ凝縮された空間が、そのまま外部に向けて解放されていく形態をもつ。凝縮された空間というのは、たとえば斜めの屋根と水平な床がぶつかる部分。ここには多くの仕掛けを込めている。そこから外部に向けて広がっていく場にパブリックスペースを配置し、さらにダイナミックに広がるデッキを設けて、内部空間の形全体がそのまま外部に抜ける仕掛けを持たせている。

多くの作品に共通して、このふたつの仕掛けがあるが、この「凝縮された空間」の部分が、「空間の骨格」を決定づけるために最も重要である。この部分の扱いについては、すべての作品について林自身がディテールまで綿密に検討し、この凝縮された空間の寸法を決め、そこから連続する解放された空間のガイドラインとなる寸法まで徹底的に関連付けて決定させた。この段階ですでにこの部分の一部の寸法をわずかでも変更すれば、その影響がすべてに及ぶほど、極度にデリケートな関係として「骨格」がつくられ、結果としてコンパクトでありながらもダイナミックな空間が生まれるのである。「凝縮された空間」は、省くことのできない「もの」のみで構成される。ふところや施行上のクリアランスを絞り込んだディテールで組み立てられ、空間全体を覆う骨格の中に、極端にコンパクトな形状となって納められる。結果的にこの必要最小限の部材でつくられた、密度の高い「凝縮された空間」のディテールは、高度な施行技術を要することになり、この部分を納めなければ建物すべてがおさまらないことになるため、建物全体の施行上の難易度も相当なものとなる。林はこうしたこの部分のディテールに常にこだわり、マニュアル化することはせず、作品をつくるごとに、次々と進化させた。

 

30坪の骨格

林の作品は、住宅の場合、ひとつの骨格の形式で覆われるボリュームは、30

坪程度である。それがひとつの単位であり、規模が大きくなると、それが組み合わせられることになる。1970年代半ばまでの作品は、30坪のの小規模な住宅が多く、ひとつの骨格の形式でまとめられた形態がほとんどであったが、この時期に多くの空間の骨格の基本形が生み出されていたといってもよい。代表的な例としては、「末広がりの家」の他、丸太などの構造材を合掌や、片流れなどの形態でそれぞれの場を覆う架構が組まれている「草崎クラブ」、「高原の夏の家」、「魏晋杜工房」などに特徴が見られる。いずれも縮され「凝縮された空間」を内包した骨組であり、「凝縮された空間」のディテールが全体の骨格を支配している。

 

開口部

林はまた外部との関係をつくる開口部のディテールを重要視し、ほとんどの作品で自らスケッチをした。その場に合った通風、採光、眺望など、目的別にはっきり分けて考えるのが特徴だった。その結果多くの場合、既製のサッシュなどでは対応できず、スチールや木で建具をつくることが多かった。「空間の骨格」を明らかにすることからも、「コトを単純にモノを少なく」を徹底して実践し、必要最小限の部材で、最大の効果の得られる明快で合理的な開口形式を生み出した。「末広がりの家」でも、三角形に大きく開かれた部分の建具の開閉の仕方や、軒下にスリット状に納められた通風のための開口などは、建具金物をいろいろ組み合わせて、独創的な開口部を構成している。60年代から70年代前半までに、開口の開け方やその構成については、ほとんど完成されたといってよい。

丸太を組んだ架構の「末広がりの家」のディテールは、面戸部分や棟部などの骨格の特性に合わせてスリット状開口を設け、壁や天井面にやわらかな光を入れたり通風を得る工夫をしている。屋根面のスリット状のトップライトは、サイドの見切りは屋根面から立ち上げているが、短辺方向のガラスのジョイント部をガラスのみを重ね合わせ、内外に押縁などのフレームをガラス設けないディテールで、完全なスリットに見せる表現をしている。また軒下の面戸部分は内部から外部へそのまま抜ける架構を生かしてガラスを嵌め殺してスリットをつくり、外部との連続性を表現している。

 

コンクリートとガラス屋根

70年代半ば頃から、60坪程度の規模のコンクリート造の住宅を多く手掛けるようになる。この時期に、コンクリート造に適したエレメントの構成ディテールの確立がされる。木造の架構に合わせた「線のディテール」が、壁式コンクリート造の特徴を表した「面をつくるためのディテール」へと大きく変化した。面の中に存在するものは、その面をそろえ、その中に目立たぬように消してしまうことを徹底させた。また、「インドアガーデンのある家」以降は、それまでスリット状だったトップライトが大きなガラス屋根の面になったのも特徴で、その後ガラス屋根をもつ作品が多くなっている。この時代の多くは、「凝縮された空間」を、ふたつの独立したコンクリートのコアの部分にコンパクトに配置し、そのコアに折版屋根やガラスなどを架け渡して、大きく開放された空間をつくった。そこは、柱などの軸力を、受ける部材がないために視界をさえぎるさえぎるものがまったくなく、外部と一体化させるのに好都合な空間である。この形態をストレートに表現するディテールに神経がつかわれた。その架け渡された空間を生かし、外部と一体化させるためには、壁を天井面より下に見せないように納めることが不可欠である。梁の寸法を最小限におさえて天井内に納めたり、屋根スラブが梁の下端にある逆スラブの利用、天井の端部がそのまま外部へ抜けるための開口の処理、内部と連続した軒天井などが工夫された。これまでの屋根架構を現していた空間が姿を消し、内部の仕上面がそのまま外部へ広がった空間をつくった。そこにパブリックスペースを配置させて、今まで以上にダイナミックなリビングなどの空間が生まれた。

コアをつなぐ手法によって、大型化する住宅に対応するあらたな形態を生み出し、これらの作品に生かされた。「崖の家」、「ルーフテラスをもつ家」、「ギャラリーをもつ家」、「内部に外部をもつ家」、「大屋根のある家」、「雪囲いのある家」などがその例である。

 

45°に振った骨格の組み合わせ

さらに大型化する住宅に対応するために、80年代半ばごろから、30坪ほどの「空間の骨格」の単位を組み合わせる手法が多くもちいられるようになる。その最も初期の作品は、東西に細長く延びた短形の鉄筋コンクリート造に、45°に振った木造を組み合わせた「音楽室のある家」である。

「開放された空間」を木造で南に三角形に張り出し、それに呼応するように北側にはね出した木造の三角形の屋根の中に「凝縮された空間」を置いている。

張り出した木造の三角形の屋根は、軒天井を水平に張り、鼻隠しなど見付になるものを省いて軒先を一本の水平な線だけで納めることで、鉄筋コンクリート造の開口部の内法の高さと一致させ、別々の骨格を一体化させるディテールでまとめている。

庭むに張り出したパブリックなオープンスペースを45°に振ることで2辺を開放し、これと異なるプライベートなゾーンを長方形にして組み合わせる形態は、その後、敷地が広く、複雑な生活の様態をもつ特に大型の住宅に生かされた。「凧の家」、「クロスプランの家」、「古利根の家」などがそれにあたる。

「梁山倶楽部」もまた組み合わせた形態の典型である。八ヶ岳の四周に開かれた風景を積極的に取り込むため、十字型につくられたコンクリート造と、45°に振った、コーナーを大きく開放した木造のラウンジの組み合わせである。十字の端部の各部分は、コンクリート造でありながら、それぞれの場に適した固有の骨格となっている。それを一体化するために、各部のディテールの納まりの水平ラインが、十字のクロスする部分の「凝縮された」階段の空間を通じて、「開放された」ラウンジへ、さらに外部へ抜けた軒先の納まりまで連続している。このように別々の型の空間の開口部を、ひとつの水平な線でリンクさせて、緊張感をもった形態にしているのである。異なる形態を組み合わせ、それをディテールでつなぐ、林の独特な手法である。

 

大きな骨格

90年代末の同時期に、規模がほとんど同じで形態が異なる「都城の家」と「せせらきほとりの家」を設計した。いずれも100坪を超えている。

「都城の家」の敷地は、900坪と広いものの、東西を旧家に挟まれた母屋の建替で、建てられる位置が決まってしまうため、既存の建物と接する部分が外部と関われない。その解決として、南北を軸に配置し、南北の庭に向けて、三角形に張り出した開放された部分をつくっている。

そして断面形は、内包する「凝縮された」2階の書斎スペースから1階の旧家の軒先へと開放される大きな骨格をもつ。これは「末広がりの家」や「草崎クラブ」などで採用された全体をもつ覆う形態の応用である。今までこれだけの規模の住宅をひとつの骨格で覆ったことはなかったが、屋根に面剛性を持たせ梁をなくした厚肉床壁構造のコンクリート造にすることで、100坪という規模でも実現できたのである。ディテールは「草崎クラブ」などと同じように、天井は屋根の形状をそのまま表現し、妻面や軒先までの軒天井に連続させる処理がされている。また、妻面のガラス嵌め殺しと組み合わされた三角形の開口や、屋根面と同一面に納めた帯状のトップライトに組み込まれた突き上げ窓は、縁甲板張りの天井面にすっきりと納められている。厚肉床壁構造でつくられたこの骨格は林の求めた空間と整合し、ディテールの構成も今まで以上にシンプルで明快な作品となった。

 

ガラスの箱とブリッジ

「せせらぎほとりの家」は「都城の家」とは対象的であり、長野県佐久市の山奥の広大な敷地の中に、自然に沿うように建物を置いたものである。

主屋とアトリエ、ゲストルームが、それぞれ骨格のまとまりの単位となるボリュームで独立し、それらがガラスのみで構成されたグリーンハウスと、せせらぎに木製で大きく架け渡されたブリッジでつながれている。

主屋は、四方のコーナー部を大きく開放し、外部との関わりをもたせ、上階には「凝縮された空間」である屋根裏室を設け、方形屋根で覆っている。丸く納めた軒先ラインや、屋根の頂部を突き出してカバーしたトップライトの部分などが特徴的。ひとつの骨格として完結した形である。

せせらぎを隔てた離れのゲストハウスは、鉄筋コンクリート造の一本足で支えられ、床や軒先のレベルを主屋と揃え、屋根形状や軒先のディテールを主屋に合わせた形状にして関係を持たせている。このふたつの骨格の間の12mのスパンを防腐処理した75mm×30mmの木材を重ね合わせた木造のブリッジでつないでいる。力学的に合理性のある形状を利用して中央にジャグジーバスが納め込まれた。

また、アトリエとをつなぐグリーンハウスは、外部の植物で埋めつくされた傾斜面がそのまま内部を抜けていくように、ガラス箱で覆われているが、主屋の軒先のラインを切ることなく、ガラス屋根を納めて、アトリエの屋根と連続させている。

この3つの形は、それぞれの過去の作品の中に見られる手法が生かされたものであるが、ガラスの箱とブリッジという新たな骨格を持った仕掛けによってつなぎ合され、すべての納まりのラインが連続する特徴ある代表作になった。

 

林は、初期の作品から、「凝縮した空間」から「開放された空間」へと広がる末広がりの空間と、ひとつの骨格のボリュームを関連させ、建物の規模に応じて、それらをつなげたり組み合わせることで、「空間の骨格」を明らかにしてきたのである。

Comments are closed.